米国公認会計士(USCPA)の転職。就職先や求人の動向・キャリア構築のポイント
目次
1. 米国公認会計士(USCPA)を採用する側の目線
以下の会話は、40代の筆者(以下、「私」と云います)が、現在の勤め先の上場企業(事業会社)に就職して数年経ってから、私の中途採用面談の面接官でもあった上司と私との間で交わした会話です。
私:「私を採用していただく際、米国公認会計士の資格って考慮していただいたのでしょうか?」
上司:「採用の決め手になったのは、実務経験です。ただ資格に合格しているということもある程度考慮に入れました。資格で身につけた知識というよりは、米国公認会計士という資格に合格するというハードルをクリア出来るだけの努力が出来る人間という点を評価しました。」
ちなみに上司は日本の会計士の資格保有者です。上司にとっては何気ない答えだったのかもしれないですが、非常に示唆に富んでいる回答だと思います。
米国公認会計士(以下、「USCPA」と云います)の資格保有者が転職活動をしようとする時、結構な割合の人達が以下の様な勘違いをしてスタートします。
●USCPAに合格しているということは「一定レベルの会計知識」「英語力」を有していることの裏付けである。だから会社側も即戦力と期待しているし、面談でもその点を積極的にPRし、そのストーリーに沿って自分の強みや志望理由を組み立てて行った方が良い
●USCPAではIFRS(国際会計基準)についてもそれなりに勉強する。だからIFRSについての即戦力であることをPRした方が良い
この勘違いは、資格学校のウェブサイト・パンフレットにその様な記載があることから生まれる勘違いです。苦労して合格した人ほど、勉強したことに執着があるせいか、勘違いする傾向が多い様に思えます。
しかし、事業会社側から見ると試験勉強で習得した程度の「会計力」、「英語力」「IFRSの知識」等には殆ど期待していません。また、「USCPAに合格している事」=「実務能力がある」と評価することはありません。
USCPAという資格を考慮することがあるとすれば、私の上司の言葉通り、一定時間勉強を継続するという努力が出来る、という人間性の評価項目の一つとされると考えた方が良いと思います。
私は今の事業会社の前は大手税理士法人に勤めておりましたが、税理士法人は更にその色合いが強く、有資格者を好む傾向にはあるものの、資格で身につけた知識など全く考慮せず、実務経験のみを求める傾向にあると思います。
それではUSCPAの資格を取得してもそれ程意味が無いのでは?と考える人もいるかもしれません。その答えを探していただくため、私の実体験を踏まえつつ、USCPAのキャリア構築の考え方や転職活動の進め方、について概観を記載させていただきます。
2. 米国公認会計士(USCPA)の転職とキャリア構築の考え方
2-1. 米国公認会計士(USCPA)の転職先・就職先
資格の学校TACのウェブサイトによれば、USCPAの職業内訳は以下の様な構成となっています。
米国公認会計士協会(AICPA)登録者の職業データ
ぱっと見た感じ、USCPAとなることで、監査法人・税理士法人(以下、「プロファーム」と云います)で監査・税務業務に従事する可能性が開ける様な気がしてしまうグラフです。
しかし、ここで注意すべきなのは、本データがAICPA(米国公認会計士協会)の公表データであり、主として米国人のデータであろう、ということです。
USCPAは日本では会計士登録は出来ませんので、日本に限って云えば監査・税務業務への従事割合はもっと低く、逆に一般企業(以下、「事業会社」と云います)の割合が多いと思います。
また、年齢が30半ば以上になると、監査・税務業務の割合は更に低くなると思います。理由としては、プロファームの業務は体力勝負となることから一般的に年齢層が若く、30歳以下であればどんどん採用します。
一方30歳以上となると一定年数の実務経験を積んでいることが要件となり、採用のハードルがぐっと上がることになります。
よってUSCPAに合格したからと云って、プロファームへの道がすぐに開けるわけではないという事は認識しておきましょう。
実際、私がかつて所属した大手税理士法人のUSCPAの割合は1割程度でした。国際税務の分野でその割合なので、国内税務も合わせた場合は更に割合は低くなると思います。
また、私は20名程度の同年代(40代)のUSCPA資格保有者とお付き合いをさせていただいていますが、プロファームに勤めている方はこちらも1割程度に止まっており、事業会社に勤めている方が大半でした。
事業会社に勤めている方たちは超大手企業の財務経理部で連結納税を担当していたり、100を超える海外子会社の管理を担当されたり、とUSCPAの資格の方向性にリンクした仕事をされている方の割合が多い気がします。
2-2. 米国公認会計士(USCPA)のキャリアプラン
本来キャリアプランは100人居れば100通りのキャリアプランが当然有るはずで、限られた紙面でそれを語るのは不可能だと思います。よって、判りやすい例としてプロファームと事業会社の比較をさせていただきます。
たまたま私は税理士法人と事業会社の両方を5年以上経験しておりますので、双方のメリット・デメリットを記載させていただきます。簡単な比較ですが、イメージを掴んでいただける方も多いかと思います。
プロファームと事業会社の比較
メリット | デメリット | |
---|---|---|
プロファーム | ・パートナーになれば30代前半でも高額報酬が得られる ・比較的短期間で高い専門スキル・ノウハウが身に付く ・実力主義 |
・長時間労働で、体力的にきつい ・業務分野が限られるためライバルが多く、競争は激しい ・実力が無ければ降格も稀ではない。退職を迫られるケースも |
事業会社 | ・社内ルールから著しく逸脱しなければ、原則雇用は原則守られる ・業務分野が多い場合はライバル数も分散し、比較的競争は緩やか ・将来の予測が立てやすい |
・給与・ポジションが急激に上がる可能性は低い ・一つの業務に集中出来る事は稀で、専門スキル習得には時間が掛かるケースが多い(例外有り) |
一見して、プロファームの方がハイリスク・ハイリターンな感じが見て取れると思いますが、実際そうです。プロファームはパートナーになれば30代前半で事業会社の部長職クラスの報酬を手にする可能性も十分あります。ただ、当然その分ライバルも多く、競争も激しくなります。
プロファームの業界を表した用語に「アップorアウト」という言葉が有ります。出来る人間は昇進(アップ)し、出来ない人間は退職(アップ)して行く、というプロファームの競争社会を言い表している言葉だと思います。
実務経験とアウトプットしか評価されないため、USCPA含め何の資格を持っているなどというのは人事評価の際なんの考慮もされません。また、離職率は事業会社と比較すると考えられないほど高く、仕事もシビアであるため、平均年齢も事業会社と比較すると若くなっています。
それでも入社する人間が後を絶たないのは、前述の高い報酬と専門性の高いスキルを短時間で身に付けることも可能だからです。
勿論パートナーになるだけがゴールではなく、中にはプロファームで一定のノウハウを身に付け、プロジェクトをマネジメントした経験のあるマネージャークラスが安定を求めて事業会社のマネジメントに転職する、という例は数多く見られます。
一方の事業会社はローリスク・ローリターンな印象が有りますが、ここ最近トレンドが変わってきた様に思います。
事業会社の有資格者と云えば、ひと昔前は「インハウス」と呼ばれ、プロファームの有資格者と比較するとアウトプット・スキル共に見劣りする、というのが定評でした。
しかし現在では事業会社であっても専門部署にずらりと専門家(含む有資格者)を揃え、プロファーム顔負けのアウトプットを要求され、一定年数在籍することで高い専門性を身に付けることが出来、相応の報酬で報いようとする会社が多くなって来た様に推測されます。
恐らくは前述のプロファームから事業会社に転職した方たちのノウハウが事業会社に根付いてきたこと、そして専門家たちのノウハウを自社に取り込む事の価値に事業会社も気づき始めた証しだと思います。
その様な企業の一例として、日本企業の中では、最近何かと話題の日本電産が挙げられます。専門家を積極的にプロファームから登用し、ノウハウ・スキルを自社に取り込んでいます。
以下は日本電産の永守CEOのインタビューの抜粋です。
海外はけっこう企業との間を行き来するわけです。当社のアメリカの会社でも、元監査法人にいた人が来て、5年くらい勤めてまた監査法人に戻るわけです。だから詳しいですよ。アメリカと同じようにもっと活発に企業と監査法人の間を行き来できるようになればいいですね。
出典:経営財務3293号[2017年1月16日]
少しUSCPAから話がそれましたが、日本の事業会社の中にもこの様に高い専門性とスキルを習得出来、報酬もプロファームに負けない会社が出てきました。
USCPAに合格して専門性・スキルは身に付けたいと思う人はすぐにプロファームのみに対象を絞りがちですが、この様な事業会社を根気よく探すのも良い選択肢の一つだと思います。
3. 米国公認会計士(USCPA)の転職活動と選考時のポイント
3-1. 転職エージェントの選び方
転職活動と言えばエージェント選びから始まります。これはUSCPAを持っている/持っていないに関わらず変わりません。USCPAに合格した次の日からオファーが舞い込むなんてことは全く有りません。
また、資格学校でウェブサイト上に求人紹介等のメニューを掲げている所も数多くありますが、実際は塾講師以外の仕事を紹介してくれるケースは有りませんので、根気良くエージェントを選ぶところから始めましょう。
アドバイスとしては、大きく2つあります。
1つ目として複数のエージェントに掛け持ちで相談することをお勧めします。エージェントの中にも相性が合わない人は居ますし、忙しくてサービスが雑な人も居ます。
こちらは一生の相談が出来るただ一人の人間と思っていても、エージェントから見れば数十人の転職志望者のうちの一人なんていうのは良くある話です。掛け持ちをしている、ということを予め伝えておけばエージェントもプロなので快く応諾してくれると思います。
仮に紹介してくれる企業が同じタイミングで来たら、相性の良い方のエージェントにお願いすれば良いだけの話です。
2つ目として会計(USCPA)に強い転職エージェントを選ぶことです。
会計士の募集はクローズで出されることが多く、求人は会計士に特化したエージェントが多く保有しています。
会計(USCPA)に強い転職エージェントとして代表的な会社は以下の3つです。
また、エージェントに対しては自分の意見を臆することなくぶつける様にした方が良いと思います。エージェントに言いたい事が言えないと、エージェントにとって「入れやすい」企業に入れられてしまい、エージェントのお小遣い稼ぎのネタにされてしまいます。
年上のエージェントであっても、礼儀を失しない程度にどんどん言いたい事はぶつけて行きましょう。自分の意見をしっかり表明するのも専門家に求められる資質の一つです。
3-2. 米国公認会計士(USCPA)資格保有者は書類選考は有利?
結論から言ってしまうと、何も資格を保有していないのに比べると書類選考は有利です。
会計士や税理士がゴロゴロ居る様な会社のみに応募する、明らかに今までのキャリアと募集の職種が合わないのに応募する、募集年齢が30代前半までなのに40歳近くで応募する、などの非現実的な応募の仕方を続けない限り、履歴書の資格欄に「USCPA合格者」と有ったら「お、会ってみようかな」と思う採用担当者は多いはずです。
私の例を挙げさせていただきます。私は40歳で今の会社に転職しました。転職の限界年齢と云われる35歳はとうに過ぎています。最初の面談時にエージェントから、35歳の場合平均すると書類選考を突破し面談に行く確率は15%、面談して内定を取る確率は25%と言われました。
すなわち内定までは以下の様な確率となります。
出所:大手エージェントからのヒアリング
具体的な数字で表すと、80社受けて3社内定する、という感じです。要は期待するな、ということを暗に言われていたのだと思います。
最初は「80社か~」と途方に暮れ、自分は40歳なので書類選考を突破する確率がもっと低いのでは、と不安を感じていたのですが、実際は15%よりも高かったので驚いたのを今でも覚えています。
私は半年で89社に書類(エントリーシート)を出しましたが、書類選考を突破したのは18社、20%強です。同年代の確率(15%)よりも高かったのは実務経験もさることながら、「USCPA合格」と資格欄に書いたことによる効果は多分にあると思います。
しかも応募先は事業会社に絞り、プロファームやコンサルは一切応募していませんでしたので、プロファームやコンサルにも応募していたらもう少し数字は良かったと思います。
ここまで読んでいただいて、「書類選考は何とかなるかな?」と思われた方、履歴書やエントリーシートを記入する際に注意すべき点が有ります。
間違っても資格学校のパンフレットに有るような「USCPA取得時に勉強した会計の知識・英語力・IFRSの知識を活かして即戦力になれると思います」等と書いてはいけません。企業側はUSCPA取得で身に付く程度の知識は求めてなどいません。
こんな風に書いてしまうと、書類選考自体で落とされるか、面談時に「具体的にUSCPAで身に付けた知識のどこが役立つと思うの?」と質問され、業務の具体的イメージが余り付いていない中で話が余り弾まずに袋小路にはまってしまう可能性が高いと思います。
3-3. 面談時のポイント
面談で注意すべきポイントを考える際には、冒頭の私の上司の答えが大変参考になると思います。
再度書かせていただきます。
「採用の決め手になったのは、実務経験です。ただ資格に合格しているということもある程度考慮に入れました。資格で身につけた知識というよりは、米国公認会計士という資格に合格するというハードルをクリア出来るだけの努力が出来る人間、という点を評価しました。」
繰り返しになりますが、この答えは非常に示唆に富んでいると考えています。採用する側が(USCPAという)資格を持っている人間に期待していないこと、期待していることを明確にしてくれていると思います。
まずは期待していないこと、それは資格勉強を通して身に付けた知識、すなわち「会計力」「英語力」「IFRSについての知識」などです。
監査・税務関連業務ならずともある程度専門性の必要とされる業務に携わった方であれば、実務経験と座学で身に付けた知識とどちらが業務に役立つかはすぐにご理解いただけると思います。
その様な試験を乗り切るためだけの知識が有ることを強調し過ぎると、「実務で役立つ人間なのか?」とむしろネガティブな材料になってしまう可能性があると思います。
一方採用側が期待していることは、USCPAという資格に合格するというハードルをクリアするだけの努力・工夫を職場でもしてくれるのでは、ということです。職場での努力・工夫と云うと難しく考えがちですが、シンプルなもので構いません。例えば、
- USCPAの勉強時間を捻出するのにどの様な工夫をしたのか?
- 苦手科目を克服するためにどの様な工夫をしたのか?
など、自分がUSCPAの受験勉強でした工夫と、自分の職場での工夫と関連付けられるものが無いか考えてみるのは良いと思います。
具体的にイメージを膨らましていただくために、私が実際に面談で話したエピソードを例として記載させていただきます。
【勉強の工夫】
私はUSCPAの1科目であるRegulationが大の苦手で、特にMultiple(短答式)の正解率が低く悩んでいました。試験が迫り悩んで悩みぬいた揚句、ある日夜のテスト結果より朝のテスト結果の方が良いことに気づきました。それまでは朝は脳が回っていないだろうという思い込みから、夜メインの勉強にしていたのですが、朝型に思い切って転向しそこから正解率がメキメキ上がって合格することが出来ました。
【仕事の工夫】
試験を通して自分が実は朝型人間だと気づき、仕事についてもかねがね効率性が上がらないと悩んでいたので、仕事も朝型に切り替えました。頭を使いそうな仕事を全て朝にこなし、単純作業を午後や夕方に回したところ、仕事も非常に良く回り始めました。
何ということはないエピソードですが、何故か面談では受けが非常に良かったです。実体験に基づいていますので、100%自分の言葉で語ることが出来たのも良かったと思います。
前半部分だけですと単なる勉強法自慢ですが、勉強での工夫を仕事にも応用したところ上手く行ったというエピソードを付け加えることで、面接官に「仕事も色々工夫を凝らしながらやっている」という印象を与えることが出来たのだと思います。
単に「会計力」「英語」「IFRS」などという紋切型の自己PRよりも話が弾むであろうことは、想像に難くないと思います。
無理に私の真似をして朝型エピソードを作っていただく必要は勿論ありません。しかし誰しも合格までの長い道のりの中で重ねた苦労や自分なりの工夫についてのエピソードを一つや二つ持っているはずです。
その苦労や工夫を仕事でも活かす事が出来る人間である、と面談で判りやすく伝えることが出来れば、必ずや面接者の印象に残ると思います。
4. まとめ:内定を勝ち取るために
私はUSCPAに合格してから6年程度になり、今は国際税務と連結会計を担当していますが、今まで実務においてUSCPAで勉強した知識が役立ったと思ったことは正直ありません。
資格勉強の過程で、会計や監査論を体系立てて習得出来ることに快感を覚えた時期もありましたが、そんな体系だった知識も合格して1年も経過すれば忘れてしまいます。しかし実務上支障が出たことは全くありません。
ではUSCPAを取得したことが私のキャリアに全く寄与しなかったか?というと答えはNo.です。私の場合、USCPA合格をきっかけとしてキャリアの方向性が大きく変わったと思っています。
USCPAを取得しなければ本格的に税務・会計の道を歩もうなどと思わなかったはずですし、人的ネットワークも大幅に広がりました。
大事なことは、USCPAを取得しただけで全員のキャリアが変わっていくのではなく、USCPAを取得し「キャリアを変えよう」と動き続けた人間だけが、キャリアの方向性が変えられるのです。大切なのはその思いです。
書類選考・面談のポイントでは多少テクニカルな事も書きましたが、最後内定を勝ち取れるかどうかは、テクニックではなく「自分のキャリアへの思い」を具体的に示せるかどうかにかかっています。
志望する会社に入ってキャリアを変えたい、自分を向上させたい、という情熱を如何に面接官に示せるかが合否の分かれ道だと思います。それはプロファームでも事業会社でも全く変わりません。
実際、私の周囲では資格の有無にかかわらず、仕事への情熱を持ち続けた人が自分の理想のキャリアを歩んでいます。
USCPAは1,000~2,000時間の勉強時間が必要となる資格で、合格するには相当の情熱が必要です。その情熱の源泉は、自分のキャリアを変えたいという思いではないでしょうか?
USCPAに合格(科目合格含む)された方が理想の転職とキャリアを手にすることを願っています。